BIOSECURE Act は、2025年の立法会期において、上院で可決された国防権限法(以下「NDAA」といいます。)[1]の一部として新たな形で再び提出されています。BIOSECURE Act(以下「BIOSECURE Act」または「本法」といいます。)は、2023〜2024年の立法会期で初めて提出され、超党派の支持があったものの、主要議員からの懸念や米国バイオ医薬品業界からの強い反対により、最終的に成立には至りませんでした。今回、本法は数十年にわたり毎年議会で一貫して可決してきた NDAA の修正条項として再提出されており、前会期で成立を妨げた懸念に対応した重要な変更が加えられていることから、成立の可能性は大幅に高まっています。
本法案が成立した場合、米国行政機関(連邦政府の医療物資調達の98%を占める4省庁、すなわち米国保健福祉省、米国国防総省、米国退役軍人省、米国国土安全保障省を含みます。)[2]は、外国の敵対政府により支配され、またはその指揮下で運営され、米国に対して国家安全保障上のリスクをもたらす特定の中国の製薬企業およびバイオテクノロジー企業(以下「懸念対象バイオテクノロジー企業」といいます。)が製造または提供する「バイオテクノロジー機器またはサービス」を調達または取得することが禁止されます。また、本法案は、連邦政府機関が、懸念対象バイオテクノロジー企業の「バイオテクノロジー機器またはサービス」を使用して米国政府との契約を履行する事業体と契約を締結することおよびそのような事業体に対する連邦資金を供与することを禁止します。
本法が成立した場合、本法は、(A) 米国政府と重要な契約を締結している、および/または米国連邦政府から多額の資金提供を受けている、かつ (B) 自社の医薬品製品の製造(または製造プロセスの支援)を懸念対象バイオテクノロジー企業に依存している(例えば、製造プロセスを当該企業に外部委託している)製薬企業に対して、重大な影響を及ぼすこととなります。
立法経緯
以下は、BIOSECURE Actのこれまでの立法経緯の概要です。
- 2023年12月20日:上院が本法案の初版(S.3558)を提出。
- 2024年1月25日:下院が下院版の本法案(H.R.7085)を提出。
- 2024年5月10日:下院監視・説明責任委員会が本法案の審議と修正を行い、その後、本法案は新たな法案番号H.R.8333 として下院本会議での採決に付託。この時点で、下院版と上院版の文言はほぼ同一に。
- 2024年9月9日:下院が H.R.8333 を可決。
- 2024年12月:第118議会が終了し、本法案のいずれの版も成立に至らず。
- 2025年7月31日:ビル・ハガティ上院議員(Senator Bill Hagerty)が、本法案の大部分の条項および要件を含んだ NDAA 修正案を提出。
- 2025年10月9日:上院が本法案を含む上院版NDAA を可決。下院版NDAAは9月に可決されているが、対応する本法案は含まれていなかったため、本法案の成立のためには両院協議等の調整プロセスが必要な状況となっている。
BIOSECURE Act の概要
連邦資金の使用に関する一部の制限(下記C項参照)を除き、本法は、製薬企業に対して直接的な制限を課すものではありません。代わりに、本法は、「米国行政機関」に対し、懸念対象バイオテクノロジー企業およびその子会社、親会社、関連会社および承継会社に関わる一定の行為(すなわち契約や資金供与)を行うことを禁止するものとなっています。
具体的には、本法案では、以下の禁止事項を定めています。
- 米国行政機関は、懸念対象バイオテクノロジー企業が製造または提供するバイオテクノロジー機器またはサービスを調達し、または取得してはならない。
- 米国行政機関は、自らは懸念対象バイオテクノロジー企業に該当しない事業体であっても、当該米国行政機関との契約を履行するにあたり、(i) 懸念対象バイオテクノロジー企業により製造または提供されるバイオテクノロジー機器またはサービスを「使用する」、または(ii) 懸念対象バイオテクノロジー企業により製造または提供されるバイオテクノロジー機器またはサービスの使用が必要となることを知り、または知り得る状況で契約を締結する事業体と、新たに契約を締結し、または既存の契約を延長もしくは更新してはならない。
- 米国行政機関は、ローンまたは助成金の資金を義務付け、または支出してはならず、ローンおよび助成金の受領者も、(i) 懸念対象バイオテクノロジー企業からバイオテクノロジー機器またはサービスを調達または取得するため、または(ii) 上記B項に記載される事業体と契約を締結するためにローンまたは助成金の資金を使用することはできない。
2024年版と2025年版の主な相違点
本法の2024年版と2025年版では、条項の大部分は共通していますが、いくつかの重要な相違点があります。
1. 懸念対象バイオテクノロジー企業の指定廃止
従前の本法案の下院版および上院版とは異なり、2025年版では、懸念対象バイオテクノロジー企業の具体的名称が明示されていません。2024年版の本法案では、BGI Group、MGI、Complete Genomics、WuXi AppTec、WuXi Biologics(WuXi Biologics については2024年下院版のみに記載)が、懸念対象バイオテクノロジー企業として明示的に列挙されていました。しかし、これらの企業名の明示が、本法案が前回会期で成立しなかった主な理由の一つでもあり、一部の連邦議員からは、これらの企業の適正手続上の権利が侵害されているのではないかという懸念が示されていました[3]。
2. 懸念対象バイオテクノロジー企業を指定するための新たなプロセスの導入
2025年版本法案には、懸念対象バイオテクノロジー企業を指定するための新たな仕組みが盛り込まれています。新たな定義においては、米国内で事業活動を行う中国軍関係企業として米国国防総省が毎年公表するリスト(いわゆる「1260Hリスト」)に掲載された事業体が含まれることになります。これは、行政管理予算局(以下「OMB」といいます。)が新たな懸念対象バイオテクノロジー企業を指定することができるという、2024年版および2025年版双方に共通するオプションに加えて導入されたものです。
3. 指定された企業に対する新たな適正手続保障
OMB により懸念対象バイオテクノロジー企業として指定された事業体は、当該指定に異議を唱えるための情報および主張を 90日以内に提出する権利を新たに付与されます。また、本法案は、可能な範囲で、当該事業体が指定を回避するために取り得る緩和措置を政府が示すことを求める内容となっています。
4. 公衆衛生上の緊急事態における医療対策品に関する例外
2025年版本法案では、宣言された公衆衛生上の緊急事態における対策品、医療製品、関連物資および付随的医療用品について、例外規定が追加されています。
5. バイオテクノロジー機器またはサービスの定義からの特定技術の削除
2024年版においては、バイオテクノロジー機器またはサービスの定義の中に、質量分析技術およびポリメラーゼ連鎖反応装置が明示的に含まれていましたが、2025年版ではこれらの言及が削除されています。これらが含まれていることは、2024年版の本法案に直面した業界にとって大きな懸念事項となっていました。
BIOSECURE Act成立に伴うバイオテック企業への影響
BIOSECURE Actが影響を受ける企業に及ぼす重要な影響の一つは、懸念対象バイオテクノロジー企業の機器またはサービスを利用している場合、例えば、医薬品に用いられる原薬または有効成分(API)の製造を当該企業に外部委託しているようなケースにおいて、そのような製品が米国行政機関への販売の対象資格を失う可能性がある、という点です(例えば、退役軍人病院または米国国防総省向けの供給契約が挙げられます。)。
本法が製薬企業に及ぼすもう1つの影響は、当該企業が、医薬品の研究開発を支援するための米国連邦政府の助成金を使用している場合、または使用する予定である場合には、連邦資金が懸念対象バイオテクノロジー企業への支払いに使用されないように、助成対象プロジェクトの設計において必要な措置を講じる必要があるという点が挙げられます。また、費用の事後精算を求める製薬企業は、資金申請にあたり、対象となる支出に懸念対象バイオテクノロジー企業への支払いが含まれていないことを証明できるよう準備しておく必要があります。
今後のステップ
BIOSECURE Act の成立可能性は高いものの、まだ確定していません。米国大統領に最終承認のための法案が送付される前提として、上下両院が同一の内容のNDAA を可決する必要があります。両院版の相違を調整する方法としては、(1)下院または上院のいずれかが他方の議院の法案をそのまま採用するか、または (2) 両院が正式な協議委員会を設置して妥協案を協議・策定する、という手続が想定されています。
成立の可能性を踏まえると、米国行政機関への医薬品販売により相当な収益を得ている、または今後得ることが見込まれる企業は、(i) 自社製品の製造プロセス、特に医薬品製品の製造を外部委託している部分を中心に見直しを行い、(ii) 現に、または将来、政府契約の対象となる医薬品の製造プロセスにおいて、懸念対象バイオテクノロジー企業、または将来的に懸念対象バイオテクノロジー企業として指定されるリスクのある企業の機器・サービスが利用されていないかを評価し、(iii) そのような企業への依存関係を排除するため、製造プロセスの変更を検討するといった対応を行うことが望ましいといえます。
このような見直しは、既に米国国防総省の1260Hリストに掲載されている請負業者にとって特に重要になります。OMBにより特定された事業体との既存契約については 5 年間の経過措置が設けられていますが、この経過措置は 1260Hリストに掲載されている事業体には適用されません。代わりに、これらの企業に関する連邦調達規則が改正されてから 60 日後に、当該禁止が発効することになります。
現在、懸念対象バイオテクノロジー企業に依拠している製薬企業およびバイオテック企業にとって、これらの企業からの移行を図ることは困難を伴う可能性があります。ある受託開発製造機関(CDMO)から別の CDMO へ製造オペレーションを移管するためには、時間とリソースが必要となります。製造プロセスへの影響の程度によっては、製薬企業は、自社の医薬品承認に対する変更申請を行い、新たなCDMO により製造された製品を商業化する前に、事前に規制当局の承認を取得しなければならない場合があります。特に、FDAの承認を受けた医薬品の製造プロセスに変更を加える場合には、そのような変更はすべて FDA に報告しなければならないため、この点はいっそう複雑になります。さらに、どの部分がどのように変更されるかという具体的事実関係、および当該変更が医薬品の同一性、有効成分の強度、品質、純度または効力に悪影響を及ぼす蓋然性の程度に応じては、製薬企業が自社の新薬承認申請に対して変更届を提出し、新たな製造プロセスにより製造された製品を上市する前に事前承認を取得することが求められる場合もあります。
また、BIOSECURE Actは、大規模なバイオ医薬品企業よりも中小規模のバイオ医薬品企業に対して、より大きな悪影響を及ぼす可能性が高いと考えられます。大手製薬企業は、多くの場合、(i) 自社の製造施設を保有しており、したがって製造を支えるために CDMO に依存していないか、またはその依存度が相対的に低く、(ii) CDMO の変更を円滑に進めるためのリソースもより多く有しています(CDMO の変更は、複雑で負荷の大きいプロセスとなり得ます。)[4]。また、大手企業は、複数の製造パートナーと取引していることが多く、そのため、製造を別のCDMO に切り替えることも比較的容易です。これに対して、中小規模の製薬企業は、多くの場合、CDMO によるアウトソーシング・サービスに対する依存度が高く、また、現在利用している CDMO が懸念対象バイオテクノロジー企業として指定された場合に、別の CDMO に切り替えるためのリソースが限られている可能性があります。
[1] S. Amend. 3236 to S. 2296, 119th Cong. (2025).
[2] Health Industry Distributors Association, 2023 United States Federal Procurement Market Report (2023), https://www.hida.org/distribution/news/press-releases/2023/federal-spending-medical-supplies-8-billion.aspx.
[3] Josh Abbott, “BIOSECURE Act passes through US House,” BioProcess International (Sept. 11, 2024), https://www.bioprocessintl.com/regulations/biosecure-act-passes-through-us-house; Fraiser Kansteiner, “After BIOSECURE Act passes in House, targeted Chinese companies say they’re ‘deeply’ concerned” (Sep. 10, 2024), https://www.fiercepharma.com/pharma/china-focused-biosecure-act-passes-house-heres-what-targeted-companies-are-saying; Steven T. Dennis and Roxana Tiron, “Biosecure Act Out of Key Defense Bill in Win for Chinese Biotech,” Bloomberg (Dec. 7, 2024), https://www.bloomberg.com/news/articles/2024-12-08/biosecure-act-out-of-key-defense-bill-in-win-for-chinese-biotech.
[4] Miranda McLaren, “A quick guide to transferring a commercial drug product to a new fill-finish CDMO,” Pharmaceutical Technology (Sept. 4, 2024), https://www.pharmaceutical-technology.com/sponsored/a-quick-guide-to-transferring-a-commercial-drug-product-to-a-new-fill-finish-cdmo/#:~:text=Fill%20finish%20is%20a%20pivotal%20phase%20in%20drug,out%20the%20journey%20from%20onboarding%20to%20batch%20release.